水それとも紙
私は幼少時、三重県の田舎の農家を借りて住んでいた。トイレは母屋から離れた庭にあり、掘り込み便所の側には縄が張ってあり、用が済むとそれで肛門をこすっていた。やがて新聞紙で、次いで柔らかいティッシュペーパーで肛門を拭くようになった。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
私は幼少時、三重県の田舎の農家を借りて住んでいた。トイレは母屋から離れた庭にあり、掘り込み便所の側には縄が張ってあり、用が済むとそれで肛門をこすっていた。やがて新聞紙で、次いで柔らかいティッシュペーパーで肛門を拭くようになった。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
彼の治世下、その頃イスラームの中心地だったメディナの都にイブン・サビーグという男がおりました。『コーラン』の字句解釈においては当代随一とうたわれた人で、『コーラン』の特に難解な箇所を自由自在に解釈することを得意としておりました。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
冷泉 京都の文化の雅を否定したところに、わび、さびがあるわけですね。王道があって、その端っこに生まれてきたのがわび、さびの世界。
林 カウンター・カルチャーだったわけですね。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
羽田空港の全日空(ANA)出発ゲートで、最近こんなアナウンスが流れ、乗客を驚かせている。
「地上にてお手洗いを済ませてご搭乗下さい」
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ある日、彼が仏文学の原書を持っているのを見かけた。カミュの『異邦人』だ。私はすぐ翻訳本を手に入れ、彼が通りかかるとわかっている場所で読みふけっているフリをした。「何読んでるの?」
彼が足を止め、私が本の表紙を見せたときからすべてが始まった。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
現代の医療でも、原因が不明で治療法が確立していない病気はまだ多い。その一つ、エーラスダンロス症候群(EDS)は、結合組織(皮膚、関節、血管など)がもろくなる病気だ。少し衝撃を受けるだけで、皮膚が裂けたり、血管が破れたりしかねない。遺伝子の変異で起こり、数万人から数十万人に1人の発症頻度といわれる。対症療法以外、治療法はない。
日本エーラスダンロス症候群協会(友の会)ホームページ
http://ehlersdanlos-jp.net/modules/EDS2/
「必ず回復して仕事に戻る」エーラスダンロス症候群と闘う女性『週刊朝日2009.11.20』
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
京都錦小路の青物問屋「桝源」の長男として生まれ、数え年二十三歳で家業を継いだ若冲が、絵の道に入った動機についてはよく知られていない。おそらく、三十を過ぎてから、何か一つは趣味をとすすめられて画筆を執ったのではなかろうか。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
歩いている人民の姿がぐんぐん近づき、一瞬のうちに遠ざかっていく。そして、それが延々と続く。北朝鮮では市街をはずれると公共交通機関がないため、一日平均2~3時間の徒歩通勤、通学が普通なのだ。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
平壌に住んでいる北朝鮮人民達よりも、むしろ日本にいる我々のほうが北朝鮮についてよく見えている、見えすぎている。だからオレ達日本人が北朝鮮に行くとそこでまじめに繰り広げられている"現実"というものの悲しさとバカバカしさ、そして滑稽さと切なさを、北朝鮮人以上に痛いほど感じさせられるハメになる。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
血の連帯感と口でいいますが、砂漠的人間においては、それは実に凄まじいまでに強烈な存在感覚だった。それが決定的な特徴です。いわば全身に逆巻くものすごい情熱、理屈ではとうてい説明できない非合理な、ほとんどデモーニッシュな力なのでありました。そういう非合理なデモーニッシュな力として、それが砂漠的人間の行動、ものの感じ方、考え方いっさいを支配していたのであります。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
私が企業で実務を担当していた頃、交渉力で失敗した苦い経験があります。それは、中国のある企業との機械プラントを契約する交渉の席でした。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
立花 キリスト教は、パウロ以後、変化しましたね。パウロはもともとパリサイ派で、キリスト教を迫害する側にいた人物ですが、ダマスカスに行く途上で神の声を聞いて、改心した。それから異邦人伝道に尽力して、キリスト教を世界宗教にした最大の貢献者となった。ところが、パウロ自身は、イエスに会ったこともない。パウロが、頭のなかで考え出した観念的な教義が現在のキリスト教のオーソドックスな教えの骨格になっていますが、それは原始キリスト教とはかなり異なった教義だった。
佐藤 おっしゃる通りです。キリスト教の教祖はイエス・キリストですが、開祖はパウロですね。イエス自身は自分をキリスト教徒とは考えていなかった。
立花隆×佐藤優『ぼくらの頭脳の鍛え方』文春新書2009年
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
佐藤 戦後、大宅壮一が「筆のちんどん屋」と評した中山忠直という早稲田出身の評論家に『日本人の偉さの研究』(章華社、1931年)という大ベストセラーがあるんです。もともと報知新聞に連載していたものなんですが、『国體の本義』と同じ頃、第二版が出た。ここで中山は、我々は日本人の偉さというのを欧米追随で忘れている。特に日本人が偉いというのは便器の形にその特徴がある。椅子に座るような便器じゃなくて、踏ん張る形だから腰の力がつく、腰に力がつくので、白人と喧嘩をしたときにも勝つ、として、日本人の強さの研究だと真面目に言っているんです。これが当時の雰囲気でした。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
立花 今、教養という言葉は死語になりつつある。また万巻の書を読みつくせる人はいません。結局、人生の残り時間を確認しながら、最大の成果を得られるように計画を作るしかない。そのとき、知識の系統樹が頭に入っていることが大切です。それとやはり紙媒体に書かれたものを読む、つまり読書が必要なのです。なぜなら、最初の話に戻りますが、人類はそうやって脳を発達させてきたからです。
読者にお勧めなのは、巨大書店の書棚をすべて隅から隅まで見て回ることです。すべてを見るのが大変なら、文庫と新書コーナーだけでもいい。現代社会の全体像が大ざっぱでもつかめると思います。アマゾンもいいけれど、書店の棚にはやはり全体像がある。僕は今でも週に何度か気に入った書店に行きますよ。思わぬ本との出会いがあるから。
立花隆×佐藤優『ぼくらの頭脳の鍛え方』文春新書2009年
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
立花 高校の英語が難しすぎる?
佐藤 ええ。高校の英語を完全にマスターし、それに語彙を三千くらい増やせば、恐らく以前の外交官試験、今の専門職員試験には十分合格できます。それから、大学院入試の語学試験というのは明らかに大学よりレベルが低くなっている。これも深刻な事態ですよね。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
細胞の中にナノロボットが入りこみ、ミトコンドリア(細胞小器官の一つ)やDNAをつまみだす――。そんなSFのような出来事が、名古屋大学大学院の生田幸士教授らが開発した、遠隔操作できる世界最小のナノロボットによって実現されようとしている。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
東京大学医学部付属病院泌尿器科の榎本裕講師によると、からの膀胱の壁の厚みは15ミリメートル程度だが、限界まで尿がたまるとわずか3ミリほどにうすくなるという。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
佐藤 父の友人で、戦後画家になった人がマリアナ沖海戦で航空母艦「龍鳳」に乗っていたんです。その横にいた航空母艦「大鳳」が沈没する様子を聴いたことがあります。真っ二つに割れて、沈んでいったそうです。立花さん、日本は陸軍も航空母艦を造っていたんですよ。
立花 そうなんですか。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
立花 だいたい一つの文章を読んで理解するまでに0・5秒かかる。0・5秒は五百ミリ秒です。いまやミリ秒単位で脳を詳細に観察できますから、ある言葉を目にしたとき、脳のネットワークの中で何が起こるのか調べることができる。
以前美智子皇后が子供たちへの絵本の読み聞かせを奨励したことがありましたよね。この読み聞かせが脳の発達にとって非常に重要だということが、先ほどの『プルーストとイカ』に書かれています。人間にはもともと読書をする遺伝子は備わってはいない。実際、人類において書き言葉の歴史より話し言葉の歴史の方がはるかに長いんです。要するに、本の世界以前に音声による伝承の世界がある。伝承文化が積み重なった結果として、文字文化が生まれるわけです。だから、文字を読む、本を読むための脳回路は親と教師が育てる必要があります。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
立花 こうして口承から文字で書かれた書物の世界になるわけですが、読字、ひいては読書をすることによって人間の脳の回路はどんどん変化するんですね。人間がどの言語世界で育ってどのような文字を読んでいるかで、脳が全然違ってくる、と今読んでいる『プルーストとイカ』(M・ウルフ著/インターシフト)という脳科学の本に書かれている。日本語で育つか、中国語で育つか、英語で育つかによって脳が変わってくる。
佐藤 どの言語世界で育つかによって違うんですね。読むことで脳の回路が開ける。読書とはまさに人間を造るものなのですね。私は立花さんと違いインターネットをそれほど重視しないのですが、とすればネット時代になっても、ますます紙の上に書かれた文字を読む必要性は高まるのではないですか。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ひと昔前までは、東北地方の人に高血圧や脳卒中が多かった。それは塩分のとり過ぎが原因だということにされ、日本全国に減塩運動が起きて今日に至っている。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
イチローが何かを発言し、"イチロー語録"のごときものが生まれ、彼の発言の真意を語るスポーツジャーナリストがいる。しかし私には彼の日本語がおかしい、としか思えない。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
私たちヒトのからだをつくる筋をながめてみると、膝、足、肘、股関節などの主要な関節の伸筋には羽状筋が多く、逆に屈筋には平行筋(または羽状角のきわめて小さな羽状筋)が多い傾向のあることがわかります。ただし、これはあくまでも一般則で、例外もあります。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
事は二番目の男の子が生まれて間もない赤ん坊の時に怒った。それは、親から受けた免疫抗体が切れる、そんなある日、突如として高熱を発し、まるっきり乳を飲まなくなるというところから始まったのである。当然、母親の乳房はおそろしい形相に怒張し、搾乳器もこわがって作動しなくなる。やむなく友人の小児科医に相談すると、それは亭主が吸うのだという。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
神経と筋の両方の成り立ちから見て、上肢の筋は「微調整型」に、下肢の筋は「大出力型」につくられているということができるでしょう。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
勝間 私もミス・ユニバース日本代表の指導をしているイネス・リグロンさんに自分を客観視する癖をつけることが大切だと教わって、すべての部屋に姿見を置いています。見たくないという時もありますが、どうしても目に入ってくる(笑)。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
磯田 松陰の高弟たちには、基本的に命なんかどうでもいい、という傾きが非常に強くて、非常識的な行動を繰り返す。それで維新までに、みな斃れています。死しても志は成る、という確信を、松陰から受け継いでしまったのでしょう。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
痛みのうちファーストペインは「痛い」という感覚を起こすが、すぐに鎮まって、とくに不快なものではない。これでは、痛みを感じてからの逃避行動を起こせても、そこから学習することはできない。そこで、セカンドペインとしてじわじわと続く不快な感情を起こし、長期にわたってその状況を記憶にとどめさせるのだろう。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
なにより田舎暮らしを経験すれば、体が丈夫になります。都会の人間は頭だけ使って、体を使わない。いびつな状態は、いずれ行き詰まります。体を使うことで、頭も鍛えられる。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
紀元前701年、と言えばずいぶん昔のことだが、ユダの国の南西部、今度の「六日戦争」でも戦場になったガザ地帯の近くのモレシテという小村に、ミカという人が住んでいた。この地方は最も豊沃な小麦の産地で、彼も独立自営農民であったらしい。簡単にいえば田舎の百姓ミカである。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
だがすべての盾には両面がある。ここでクローノス神話を思い起こすのは私だけではあるまい。ギリシア神話のクローノス(時間)は首の長い怪物で、自らが生んだ子を追いかけてたべてしまう、ゼウスだけがその首に跳び乗って食い殺されるのをまぬかれたと――。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
日本とパレスチナを比較するとき、私は、「神よ、これは余りに不公平です」といわざるを得ない。日本人を、ユーラシア大陸から少し離れた箱庭にような別荘で何の苦労もなく育った青年と見るなら、ユダヤ人は、ユーラシアとアフリカをつなぐハイウェイに、裸のままほうり出された子供である。日本人は戦争を知らない、いや少なくとも自国が戦場になったけいけんはない、と言えば、多くの日本人は反論するだろう。だがその反論自体が、日本人のたぐいまれな恵まれた環境を物語っている。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
全共闘がそのまま女の問題にシフトしていったのではない。その間に、女たちの男に対する深い絶望があった、と上野。それは闘争が解体した後に深まった。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
●体のどこから熱は生まれるか(安静時)
骨格筋 約22%
肝 臓 約20%
脳 約18%
心 臓 約11%
腎 臓 約7%
皮 膚 約5%
その他 約17%=計100%
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
1年ほど前、コンサルタントの大前研一さんと食事をしたとき、大前さんが左手の薬指にネイルアートをしているのに気づいてしまった。何と言って褒めたらいいのか、ああいう発見時には。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
池内 湯川さんは京都大学の基礎物理研究所というところで、いろいろな分野の人間が自由にディスカッションする雰囲気をみずからつくられた。そこで次は生物学だとか、次は天体物理学だとかいうふうに、耳学問をしながら、後輩を励まし育てたんです。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
昔から「血管は百年、神経は二百年」といって、それぞれそのくらいの耐久年数があり、血管の耐久年数によって人間の寿命は決められているといわれます。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
だが、慰安所だけは、"員数"でなく、完備していたらしい。
「ネグロスには航空荘といって、航空隊将校専用の慰安所(日本女性)兼料理屋があった。米軍が上陸する寸前、安全地帯にこの女たちを運んでしまった。・・・・・・これがネグロス航空要塞の最後の姿だ」
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
今の今まで「絶対やってはならん」と言いつづけ教えつづけたことを、なぜ、不意に一変して「やれ」と言えるのか。よく言われる「客観情勢の変化」は実は遁辞にすぎない。情勢はある一点で急に転回してはいない。それはむしろ発令者の心理的転回のはずであり、ある瞬間に急に、別の基準が出てくるにすぎない。それはむしろその人の内部の「二重基準」であろう。そしてそれは、予備士官学校の教官の「精神力」という言葉への奇妙な遠慮に、すでに現れていた。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
その講義は、文化史の講義としてはともかく、即座に必要な注意としては、たとえ限界はあったにしろ、思いおこしてみれば、要を得た立派なものだったと思う。だがこれでは、われわれがそれを完全に理解し、一兵卒まで徹底的に教育しても、難問題の発生は、完全に防げなかったと思う。文化様式の差や罪悪寒の違いは、時には何ともしがたい場合もあるからである。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)