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2004.06.16

糞尿博士エピローグ

どえらい自慢ばなしや馬鹿ばなしを、調子にのって書き下ろしてしまって、ホット一息つくと同時に、後悔の念がむらむらとわきおこってきた。そこで、蛇足ながらこのあとがきをつづって、世の諸賢にお詫びがてら申し開きをすることにした。

 要は、「世の中には、糞尿とか微生物食などというつまらぬ研究に血道をあげているばか者がいたか」と思っていただければ、それで満足である。
 人間という動物はだいたい馬鹿で、その馬鹿に属することはたいした恥ではない、とわたしは思っている。利口ぶっているやからは多いが、要するにぶっているだけであって、本質は馬鹿なのである。
 人間は、夢を追いかける馬鹿であるがゆえに、進化のみちをたどっているのである。レオナルド・ダ・ビンチや、ニュートンやアインシュタインのような天才ばかりがひしめいていたら、地球はとうのむかしに、原爆とか水爆とかやらで蒸発し、放射能うずまくいやらしい死の星と化していたであろう。
 ところが、幸いに、人類の九十九・九パーセントは馬鹿であったので、人類は今日まで生きながらえているのである。世界の指導者のどいつもこいつも、たいして利口そうでないのはめっけものである。
 馬鹿は、すぐ腹をたてたり、げんこをふりかざしたりするが、自信がないので、機会あらば逃げだそうとする。アメリカ、ソ連の指導者たちも、逃げ口上をちゃんと用意しながら、面子とかいうくだらぬことにこだわっているだけである。
 人類のチャンピオンですらこのように馬鹿のタイプに属するのであるから、わたしのごとき庶民的馬鹿の生きる道も、おのずからあるというものである。
 この本で、わたしがいいたいことは、人間馬鹿に徹すれば人生のみちが開ける、ということである。利口ぶっていてるあいだは、けっして極楽浄土は発見されないであろう。
中村浩『糞尿博士・世界漫遊記』現代教養文庫1972年

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