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2004.07.14

今晩自殺仕り候

天保十二年十月十一日、幕政批判の罪で蟄居中の渡辺崋山は、三河国田原(愛知県田原町)の幽居で自刃した。四十九歳の崋山は、脇差で腹を一文字に切りさき、咽喉をついて死んだ。その直前、崋山は何通かの遺書をしたためている。次はもっとも信頼していた弟子で画家の椿椿山にあてたものである。

 一筆啓上仕候。私事老母養仕度より、過て半香義会に感。三月分迄認、跡は二半に相成置候処、追々此節風聞無実之事多、必災至り可申候。然る上は主人安危にもかかはり候間、今晩自殺仕候。右私御政事をも批評致ながら、不慎の儀と申所落可申候。・・・・・・数年之後一変も仕候はば、可悲人も可有之や。極秘永訣如此候。頓首拝具。
 老母に孝養したいためとはいえ、半香の勧めで絵を売ることをしてしまい、二半(中途半端)にしておいたところ、無実の噂が立ち、災いは主君の安危にもかかわりますから、今晩自殺いたします。御政道を批判しながら、不謹慎であると非難されることでしょう。・・・・・・何年かたって天下の様子が一変したなら、悲しんでくれる人もありましょう。極秘に永のお別れを申しあげます。崋山は死を前にして高弟に、こう心境を告げる。
 ここで崋山の言った「今晩自殺仕り候」ということばは、なんとさっぱりした表現であろうか。今晩これからちょっと散歩に行ってきます、とでもいうような無造作な言い方である。日常つねに死を覚悟して生きていた崋山、時代とともに生きていた崋山、いつも周囲の人のために尽くしていた崋山にして、はじめて言えたことばである。そしてこの一句は、簡潔であるだけに、そこに込められた生死の際における無限の感慨が、私たちの胸を強くうつ。
立川昭二『日本人の死生観』筑摩書房1998年

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