« 風との出会いは一期一会 | トップページ | 30歳転職の勧め »

2006.04.07

畳の大きさ

甲野 このあいだ工業デザイナーの秋岡芳夫先生をお訪ねしたとき、いろいろうかがいまして、面白かったのは、畳がなぜこの大きさなのかという話です。

甲野 あれは、織田信長が決めたとおっしゃるんです。つまり平時には敷いておいて、いざというときに持ち上げて盾にする。鉄砲玉がきたときの盾になるんです。身が隠れるだけの高さ、それと厚みが当時の火縄銃なら貫通しないということで、あの大きさを決めたんですね。
養老 鉛玉が通るか通らないかという。
甲野 ええ、だからちょうどそれが基準になっていて、いまもこの大きさだと。あれ重くて、上げたりするのがたいへんですよね。時代が変わったんだから、もうサイズを変えてもいいんじゃないかという話になったんですけど。こういうものって一度決まるとなかなか変わらないですね。
養老 そうですね。歴史も含めて文化的な産物というのが網の目みたいにつながり合っていて、ほぐすのがなかなか容易じゃない。だから、「総論すると、そうかんたんには言えないだろう」って話にかならずなっちゃうんですね。
甲野 たとえば「切羽詰まる」とか「鎬を削る」とか「太刀打ちできない」とかもそうですが、刀剣の用語から出てごくふつうに日本語のなかに入っている言葉があるんですけど、「切羽詰まる」の切羽が何かなんて、ほとんどの人は知らないですね。
養老 そういうのは、もうすでに言葉としての実感は完全になくなっているわけですね。
甲野 切羽というのは鍔を挟んでいる「座金」だし、鎬というのは刀身の部分の名称です。

養老孟司×甲野善紀『古武術の発見 日本人にとって「身体」とは何か』光文社2003年

|

「筋肉/骨格」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/26560/9459565

この記事へのトラックバック一覧です: 畳の大きさ:

» 畳の大きさを決めたのは本当に織田信長? [畳屋ブログ - tackmixさんのブログ - 畳店の全国ネットワーク・タタミショップネット]
あるテレビ番組を見ていて、こんな事が紹介されていました。 「畳の大きさを決めたのは、織田信長である。  理由は、鉄砲や弓矢から人がひとり隠れるのにちょうど良い大きさにするため。」 これを見て、かなり疑問に思ったんです。 確かに、私もそれに近いことを聞いていました。 それは 「織田信長は、戦の際に畳も楯として使用することを考えていた。  理由は、ワラが圧縮された畳は、鉄砲の弾や弓矢が通りにくいからである。」 決定的に違っているのは、大きさの決定部分なんです。 早速ネットで調べてみます...... [続きを読む]

受信: 2007.04.11 13:30

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)