神秘的暗殺
1932年の3月、菱沼五郎がここで団琢磨を殺すんです。その一ヵ月位前には小沼正が井上準之助を本郷の方で殺しています。当初この二つは接点がないと思われていたんです。
しかし背景に井上日召率いる血盟団があることがわかります。彼らの根幹は実は日蓮主義のスピリチュアリティーなのです。本当に驚いたんですが、菱沼はこれを神秘的な暗殺だと言っているんです。彼自身、生きているとはどういうことか、存在とは何かといったことを非常に考え悩む青年だったんです。二十歳位の若い頭のいい青年なんですが、それが宗教というか日蓮主義に感化されて、暗殺に至るんですよ。その暗殺の瞬間に自分は存在し、団琢磨は本当に存在したと言うんです。その瞬間に団は私になり、私は団になった、これによって私は初めて存在というものを認識できた。これは神秘的な暗殺であると言っているんです。それまでも濱口雄幸が襲われたりとか色々あったんですが、それまでのテロとかなり毛色の違う暗殺が出てきたということですよね。それが菱沼・小沼の血盟団事件というものなんです。その後哲学的悩みや昭和の不況時の色んな人生の悩みに煩悩する青年とかが五・一五とか二・二六とかといったテロを起こし、そうして政党政治が終わり、新しい軍部を中心にした民族主義的な政権が次々とできてゆくんです。ここでの暗殺が機縁になったんだと思います。ぼくは菱沼五郎と同じ二十歳の時ここに来たんですが、震えました。煩悩青年がここで財界のトップを撃って、俺は存在したと言っている感覚、当時浪人してさらに留年しぐずぐずしていたので、アブナイなというのと同時にほのかに肯んずるところも感じたように思いました。
中島岳志(近現代史家)/わが秘なる東京 中央区日本橋室町三井本館前『ツインアーチ2007・5 vol.55』東京商工会議所
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